ブログ「燃料は好奇心」

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子供のように好奇心を持ち続ける男が綴るよもやま話。
山下政治の感性のアンテナがさまざまなものをキャッチします。

オーケストラを指揮する

2019.12.05

中学生だった頃テレビを見ていたら指揮者によってオーケストラの音が異なるトピックスがあった。本物の指揮者の他3人の個性あるタレントによりオーケストラの指揮をする、という番組構成だった。自分では内心そんなことがあるわけないと思っていた。各楽器を演奏するミュージシャンは同じ人なのに指揮で音が変わるわけない、というのが当時中学生の自分の持論だった。指揮をする3人は当時ではよく知られた個性あるタレントさんだった。
最初は本物の指揮者による演奏で始まった。演奏は1小節ほどだったと記憶している。その後3人の指揮による演奏が始まった。もちろん同じ曲目の同じ1小節ほどだったが、なんと本当に音というかテンポというか全体的にそのひとの個性がそのまま音に現れた演奏だった。びっくりするやらあるいはテレビのやらせじゃないか、と思ったものだった。

本当にそんなことあるのか?とそれ以来ずっと頭のどこかで悩み続けて35年。以来「一度はオーケストラを指揮してみたい」という好奇心がずっとあり、そしてその願いが叶う時が来た!
私はそのころ米国ワシントン州バンクーバーで暮らしていた。カナダのバンクーバーとは異なりそれほど大きな街ではないところである。友人からどこに住んでいるの?と問われるとバンクーバーと答えるとカナダと思われ、ワシントンと答えるとホワイトハウスのあるワシントンDCと思われるくらいマイナーなところだ。ここにバンクーバー・シンフォニー・オーケストラがある。毎年秋から年明けの春先にかけて定期演奏する。専属指揮者はバルセロナからやって来る、小さな町のオーケストラである。演奏会はとあるハイスクールのオーディトリアムで行われる。
このようなローカルオーケストラなのでチケットだけではやっていけないため年に1度オークションが開催され、それに参加できたのである。オークションの目玉は1曲だけこのオーケストラの指揮ができる特典である。こんな機会を逃したら35年悩み続けた解が解けないではないか!という強い好奇心から絶対に競り落としてみせるとの思いで500ドルから始まった競りの値は上がり続けたが挙げた手を下ろさずそして2000ドルで競り落とした。

曲目はチャイコフスキー「眠れる森の美女」と決まり、それから約半年間寝ても覚めても出張中も飛行機の中でもとにかく四六時中時間があれば楽譜を見ながらとヘッドフォンで演奏を聴いて指揮の練習をした。練習用に聞いていたのはベルリンフルハーモニー演奏のものだ。これならいいだろうと思って聞いていたのだが、実際は非常にテクニカルに難しい演奏だったのである。

Conductor
オーケストラを前に指揮をする山下政治

そして演奏する日がやってきた。当日はリハーサルがありこの日初めてオーケストラを前に指揮をした。専属指揮者から「さあ、このオーケストラは今からあなたのものだ!思う存分やってくれ。」という言葉をかけられたが、いざとなるとなかなかタクトが振れない!そしてタクトを振り上げ最初の一振りを思いっきり振ったが!音が出ない!!音が出ないのではなくタクトを振り下ろしたほんのコンマ数秒間音が出なかったのである。練習中は演奏を聴きながらタクトを振っていたが生のオーケストラはタクトが動いてから反応するためそこには時間差があったのだ。ほんのコンマ数秒だが自分としてはズッコケそうになるくらいだった。そして演奏の途中で一旦演奏が休止するところがベルリンフィルハーモニーにはあり、その通りに指揮をした。リハーサルが終わり指揮者からそこを指摘され、「ここの部分は一旦止めたけど、これはすごく難しい演奏方法だから止めずに流すように」と指導された。バンクーバーシンフォニーは私の指揮にはついていけないのか、なんて思ったものだが実際には私の指揮がヘボだったのだ。
それでもその部分が気になっていて本演奏の始まる前にオーケストラの演奏のまとめ役であるコンサートミストレス、通常は第一バイオリンの最前列の演奏者、にその部分についてどうしたらいいのか確認の意味で聞いてみた。するとその答えに私は全身が震え上がってしまった。コンサートミストレスはオーケストラを引っ張るキャプテン的存在である。「あなたはどのような演奏を求めているの?あなたの指揮の通り演奏するだけよ。」プロの音楽家が素人の指揮者に対しても指揮者としてみてくれて、このように応えてくれた。

その夜の演奏会、どのようなシンフォニーが観客に聞こえたのだろうか?

Maestroバンクーバーシンフォニーオーケストラのマエストロと共に

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